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びんかんでなにがわるい

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冴×あずま 出会い編

前回描いた冴(音無冴)とあずま(国東あずま)の出会いを、初夏のお話のもう一人の生みの親と言っても過言ではない方からSSとしていただきました! ちなみに冴さんはこの方が考案して下さったキャラです。
公開許可をいただいたので今回はこれをペタリ。 
なのでおへんじは後日にさせて頂きます。すみません。

非エロSSです。



続きを読むからどうぞ

――――お前は特別な子なのだ
――――余人の生活など望むべくもない
――――影に生き影に散るべし

そうなんだ。
言葉は難しかったけれど、おかしいことだとは思わなかった。
"とくべつ"というのは、他とは違うということだそうだ。
ならそれは私のことだ。私はただの人間ではないのだから。
その言葉には、間違っていることは何一つない。

「わかりました、父上。さえはりっぱなかげになります」



飛んできたくないを素手で弾く。
薬が塗ってあったけど、私の手には傷ひとつつかない。問題ない。

「お戻りください、お嬢!屋敷の外は既に包囲されております、逃げ場はありません!」
「知っている」
「ならば、その子らを逃がすのは無意味、お戻りください。お嬢!」

草輔はいつもいつも私に甘い。
でも、草輔も忍だ。口を動かしながら、くないを次々投げてくる。全部薬が塗ってある。
私は、全て素手で叩き落す。
一本も逃すわけにはいかない。
後ろで震えている姉妹にこんなものが当たったら、ひとたまりもないのだから。

そう、姉妹だ。忍でもないただの人間。
年の頃なら10歳程度と8歳程度。姉の方がようやく冴と同年代だ。

「外にいるのは風見の関係者ではありません。その子らを盾に逃げようとしても、諸共に討たれるのが落ちです。
 どうしておわかりになっていただけないのか!」
「わかってるよ、草輔。
 音無はもうおしまいだってことくらい、私にもわかる。
 この2人を外につれだしても、同じ。逃げても隠れても、私も草輔もころされる」

言いながら、弾いたくないのひとつを掴んで背後に投げる。
そのくないが、ちょうど物陰から出ようとしていた別の下忍の足を貫いた。

「でも、草輔。この2人はに逃げたり隠れたりすれば殺されない。
 だったら…逃げたり隠れたりするのが、いちばん「ごうりてき」だよ」

草輔の顔が歪む。説得をしようとしたのは彼の最後の同胞意識なのだと思う。
もしくは、自分以外の誰かが助かるのが許せなかっただけかもしれないけれど。
その草輔を薙ぎ倒して、2人の姉妹に走るように伝えた。

2人は震えている。怖がるような視線を私の角と、赤い瞳に向けてくる。
でも、姉は強かった。ちょっと時間を空けてからうなづくと、妹の手を引いて、長い廊下を走り出した。
屋敷までは音無の忍が、逃がさないよう襲ってくる。
屋敷の外にはどこの誰とも知れない武装集団がいて、私たちを皆殺しにしようとしている。
その外には、深い深い自然の森。街に出たら風見財閥がいる。
無謀なことだとはわかってる。

でも、そうするのが正しいと思ったのだ。
感謝されたいわけじゃなかった。
そもそも、音無は、この姉妹に恨まれるようなことをしたのだから。



音無の家というのは、鬼を先祖とする。「らしい」みたいな曖昧な表現ではない。
なぜ鬼が先祖なのかは、嘘のような御伽噺のみしか伝わっていない。
でも、そんな昔話はどうでも良かった。もっと重要なのは今のこと。
私や、一族の幾人かが、鬼になることができる。そっちのほうが重要だった。

鬼は本当に凄い。鬼になったら、同じ鬼以外には絶対に負けない。

最近、「せけんのじょうしき」を知るために学校にも通い始めたけど、通えば通うほどよくわかる。
そこらの人間では、手練の弦爺どころか、万年下忍の草輔にだって敵わないだろう。
あの2人は鬼になれないけど、強いのだ。

でも、未熟者の私と、弦爺が戦ったら、私のほうが強い。
弦爺が見とれるくらいすごい技を使っても、鬼の私には一切通用しないのだ。
どう考えても「鬼」というのは特別な存在なのだ。

どんなに警察や自衛隊が護っていても、全部蹴散らして目標の首を取ってくる。
どんなに分厚い金庫の銀行だって、素手で開いて壊してしまう。
音無の一族の鬼忍は、忍を知る人たちの間ではそれはそれは有名なのだそうだ。

でも、有名だから、調子に乗ってしまったそうだ。
最初の失敗は、風見財閥に喧嘩を売ったこと。
グループの有力会社のえらい人に言うことを聞かせるため、その家族を誘拐してきたらしい。
それが、あの姉妹。10歳と8歳の2人の少女。

いつもなら、取り返しに来た人達を返り討ちにして、首を届けてしまえばおしまい。
でも、気がついたら音無の忍の大半が討ち取られていた。
無敵の鬼忍すら、もう私しか残っていない。
風見がどんな手を使ったのかは、さっぱりわからない。みんな、生きて帰ってこないからさっぱりだ。


しかも、こうなってしまうと、風見財閥以外も黙っていない。
鬼のいない音無は、もう無敵ではないのだ。
音無はそれはもう恨みを買っていたから、すぐにいろんな組織から攻撃された。

いま、本家の屋敷を包囲してるらしい謎の部隊だって、風見とは関係ないところの兵だそうだ。
銃火器で武装して、情け容赦のないやり口は、風見らしくない。
音無と同じような連中なのだと思う。
きっと、音無の関係者を一人残らず殺すつもりだし、今の音無にはそれを防ぐことはできない。
誘拐されただけの無関係な姉妹も、関係なく殺してしまうだろう。

そんなことを考えて、気がついたら、2人を牢から出して逃げていた。
別情が移ったわけじゃない。この2人も、お母さんお母さんと泣くばっかりで、私ともろくに話はしていない。
私は母親がすぐに死んでしまったから、この2人が泣いてる気持ちもよくわからないのだ。
だから困るのだ。私に聞こえるところで、よくわからない嘆きを続けられるのは。

…いや、そんな理由で逃がそうと思ったわけじゃない。
もちろん、この2人を返して風見に命乞いをするというわけでもない。
そんなことしたって、鬼の私が助けられる見込みなんて確実に0だったし。
音無がどれだけ危険に思われてるかくらい、私にだってわかる。

理由としては、そんなに複雑なものじゃない。
誘拐はしたけど、音無はもう終わりなんだから、じゃあ用のなくなったこの2人は帰すべきかなと。
情とかじゃなくて、あくまで合理的な判断をしただけである。
そもそも私は誘拐犯の一味なのだ。
かわいそうとか、そういうものは考えたこともない。そう、合理的な判断なのだ。


でも、やっぱり上手くいかないものだ。
泣いてる2人を説得して、頑張って信用させて、外に出したらすぐにばれた。
でも、みんな私をに裏切り者扱いをしてきたけれど、私に言わせればみんなの言ってることがおかしい。
私たちはもう助からない。この2人は助かる可能性がある。
なら、生きられる人が生きるのは、まともな考えだと思うのに。
みんな、自分が死ぬってわかってるくせに。

だから、みんなの言うことには従わない。
姉妹は自分では身を護れないから、逃げるときの攻撃は私が代わりに受けた。
絶対に逃げ切れる相手とも、いちいちやりあって倒しておいた。
2人の足手まといを連れて逃げるのは、想像以上に大変だ。

でも、よく考えれば…
そのおかげで父上に最期の別れをできたともいえる。
場所は、屋敷の塀の上。
まともには飛び越えられない広い池があるおかげで、この辺はまだ包囲されていない。
鬼の力で2人を抱えて跳び超えて、と思ったあたりで父上が追いついてきた。
今生の別れになるだろうから、最期に一言伝えておきたかったのだ。

「父上。おせわになりました。地獄でお会いしましょう」
「さ、冴!貴様……自分だけ、そいつらを差し出して助かる気か…!」
「それは間違いです、父上。鬼忍が生かされるわけがありません。
 だから私もすぐにあとを追います」
「許さんぞ、そやつらを戻せ!お前も死ね!」
「父上。影とはいえ今生のわかれです。なにか他に……」
「おのれ、貴様がそこまで浅ましい娘だとは思わんかったわ!」
「……………父上」

それがよかったのかどうかはわからない。
壁の上から父親を見下ろす。
両脇に抱えていた姉妹が、掴んでくるのがわかった。
怖がっているのかと思ったけど、違ったようだ。
彼女は何か言いたそうな視線をこちらに向けていた。

「大丈夫。私も誘拐犯のなかまだから、助かるつもりはない。
 父上の言ってることは的外れだ」
「………」

もっと複雑な顔をされた。どうやら、かけるべき言葉を間違えたらしい。
彼女達のことはよくわからない。
説得しておいてなんだが、普通、鬼になった誘拐犯の仲間をここまで信用しないと思う。

どうやって説得したのだっけ。
確か。
そうだ。
母親に会いたいと連呼してたので、会ってどうするかを聞いたんだ。
回答はいまいち要領を得なかったし、私には母親がいなかったからよくわからない。
それを見せてくれと頼んだだけだ。

もう一度言っておくけれど、同情じゃない。これは純粋な疑問だ。
母親と子供がどういう関係なのかを知りたいという好奇心だ。
親子がどうあるべきか、それを知りたいと思っただけだ。
これが彼女たちを出した理由。あれ?違う理由だったっけ? まあいいか。

「鬼のお姉ちゃん…泣いてる?」
「そんなことはない。さあ、捕まって。堀に落ちたらおしまいだ」

うん。やっぱり忍というのはこういうものでしかない。
ぽっかりと心にあいたものがあるけれど、気にしない。
父上。さようなら。

堀の長さは20m程度。2人抱えて飛び越えるのは、子供の鬼にはちょっと大変だ。
だから神経を足に集中させて、塀を罅入るほどに蹴って跳ぶ。
両脇に2人の姉妹を抱えている。2人とも、暴れもしないのは助かった。
この調子だと、ぎりぎりで向こう岸にたどり着ける。

それに対して、父からの見送りがあった。
一本の小刀だ。
そういえば、父の小刀は鬼も傷つける特別なものだったな…と、背中の痛みに今更のように思い出す。

失敗だった。
どうして父が自分を傷つけることはない、などと思ってしまったのか。
失敗だった。
バランスが崩れる。
このままでは、堀の中に落ちてしまう。
この子達は泳げるだろうか。
私は…出血したまま水に落ちると、いくらなんでも死んでしまうだろう。
―――やっぱり駄目だったか。


風が吹いた。

突然に、3人の身体を浮かすほどの突風が背中を押す。
それも暴風なんかじゃなくて、どこか温かくて優しい風。

そして、ほのかに甘い香りがした。

堀の中に落ちるはずだった3人が、堀の向こうに落ちる。
運が良かった。とか、そう思う時間も惜しい。

「…走るぞ。ここもまだ危ない」

2人に見えないように背中の小刀を抜く。
傷口は、力を込めれば出血が派手にならない程度には収まる。
痛みは顔に出さなかったし、黒い忍装束は月明かり程度では血汚れをはっきりさせない。
姉妹の家にたどり着くまで生きていられるか怪しくなってしまったけれど、ここで死んでも意味がない。
2人を急かして、屋敷の外に広がる森に足を向ける。

ここからが本番だ。
離れた位置から「いたぞ」と男の声がする。
音無じゃない。音無を皆殺しにしようとしてる所属不明の誰かだ。
こいつらからも逃げ切らないと、結局おしまい。

連続した銃声が響いて周囲の草木が抉れて散る。
撃ってきた。
姉妹は泣かなかった。
よし。

後ろに見えた影に、くないを一投。
1人分の倒れる音が耳に届く。それに被せるようにまた銃声。
「……っ、ぐ」
2人がいる限り、走って逃げ切るのは無理だ。

木の幹を盾にして、森の中を3人で走る。
一番後ろを走りながら、また一投。これで銃弾が途切れた。
でも、銃声を聞きつけて、すぐに仲間がこっちに来るはず。

あいつらは敵だ。
姉妹にとっても敵だ。やっぱり風見の救出部隊なんかじゃない。
今の銃弾なんか、身体を張って銃弾を受けなければ、妹の方は確実に死んでいた。

「はっ……はぁっ……じゅ、じゅぅ………っ、あたっ…て」
「………ああ」

気付かれてたらしい。
そっちは走って息苦しいだろうだから、無理して喋るなと言いたい。

「鬼には銃なんて効かないよ」

これは嘘じゃない。鬼忍は銃弾程度じゃどうしようもない。
そうでなければ無敵だなんて呼ばれないのだ。
ただ、それも大人の鬼忍は、だけど。
子供の鬼には、3箇所も撃たれたのはかなりきつかったけど。


走る。
どれくらいかわからなくなりかけたけど、走る。
もう一度やってきた追っ手を、即座に潰した。
そして走る。
時には妹を抱えたり、姉を引っ張って跳んだりもした。
森を抜けてしまえば、銃は使えないはずだ。
一般の人のいない森だから、あいつらもここまで無茶できているんだ。
あと少しで、この森も抜けられる。そうすれば…

そして、たどり着いた先に
10人の人影があった。




顔を隠して、手にはアサルトライフル?
銃には詳しくないのでよくわからないけど、武装済み。
間違いなく、さっきの男達の仲間。
姉妹2人を木の裏に突き飛ばすのと、10の銃口がこちらを向くのはほぼ同じ。

「ぜったい、そこから出てくるな!」

その声の後半が銃声にかき消された。
銃弾が何発身体に当たったのかなんて、数えることもできない。
鉄の棒で殴るような衝撃が、腕から、足から、胸から、腹から、頭から…


その身体にぶつかる銃弾のいくつかを、掴む。
私の力は金属操作。その能力で、銃弾を鉛のくないに変える。
投げる余裕なんてないから、そのまま能力で撃ち返した。

一人、倒れる音がする。
敵が、仲間をやられて動揺した隙に、地面を蹴って前へと進む。
即座に、父上の投げた小刀で手近な1人を斬り捨てた。

さすがの名刀。無茶苦茶な振りだったのに、男がほとんどまっぷたつだ。
あの2人がみたら気を失うんじゃないか。
でも、残り8人。
私のくないは残り2本。体力は―――

「………っぐ…!」

背中から浴びせられた銃弾が、父上の作った傷痕を叩いた。
痛みで目の前が真っ白になる。
でも我慢だ。忍は耐えるものだ。持っていたくないを背後の男に投げつけた。
頭にくない受けた男が、いろんなものを撒き散らして倒れこむ。
これであと7人。
浴びせられる銃弾を、男の死体を盾にして防ぐ。

…まいった、14人に見えてきた。
これはちょっと…厳しいかも。

今撃たれた銃弾をくないに変えて投げつけるも、これは避けられてしまう。
命中率も落ちてきた。
撃たれた男の死体がどんどんぼろぼろになる。
防ぎきれない射線から、銃弾が抜けてくる。


「鬼のお姉ちゃん!」

叫び声が聞こえた。
ああ。
これだから素人は困る。
戦うこともできないのに、敵の気を引いたりして――

声のほうを振り返った男の方へ走りこむ。
無茶な前進のせいで、銃弾が当たった足に嫌な音がした。
それでも、一刀。
男が姉妹を撃とうとする前に、その首を刎ねる。
姉がそれを見て、へたり込むのが見えた。
うん、そっちのほうが安全だ。

でも、これ以上は走れない。
音を立てた足が、動かない。
骨に罅でも入ったくらいなら、何とかなるんだけど。
どうなってるのか、よくわからない。
残り6人…この身体では。

「誰か、誰か助けて…!」

だから、素人は…困る。
私は誘拐犯の仲間だと何度も言ったのに。いざとなれば見捨てろと言ったのに。
そっちに敵の意識が向いたらどうするというのか。
それに、助けてくれるような誰かがいれば苦労は


「まかせて」

苦労は……



銀色


光が夜の中を駆けた。
それだけで、私を打ち据えていた銃弾の音が止む。
残り6つ全部が同時に。


きょとんとした姉妹の顔と、私の顔…断じて私はきょとんとしてない…が同じものを見てた。
銀色の月光を銀色の髪で照り返した、小さな小さな忍装束。
倒れた男達は、死んだのか気絶したのか、それすらわからないほど鮮やかに地に伏している。



甘ったるい匂いがする。


この正体不明の誰かを、私が咄嗟に攻撃しなかった理由は、今でもよくわからない。
そこには、ちっちゃな忍び装束が、暢気な顔して立っていた。
音無では見たことのない顔だ。
手には、開封済みの缶ジュースを持っていた。
匂いの元は、それだ。
目元は髪でよく見えないけれど、こちらを見ているのは間違いない。

「喉が渇いたら…ジュース」

得意げに胸をそらした声はぽそぽそとしたものだけど、女の子の声だ。
同じくらいの年齢だと思う。
姉妹二人は口の中がカラカラなんだろう。
明らかにそのジュースに視線が寄っている。


危ない。

油断させて心の隙を突くのは、忍の常套手段だ。
あのジュースにも何が入っているか知れたものではない。

「待つんだ、2人とも」

今喋った声は、ほとんど声にならなかったから届いてないかもしれない。
だから、力ずくでも姉妹2人を押しとどめようと手を伸ばす。
近寄るのは危険だ。まずは相手の出方を窺ってから…
その手の上に、半分に割られた饅頭が1個乗せられた。こしあんだった。

「あげる」

得意げな表情のその姿は、忍の格好をしただけの小学生にしか見えない。
でも、さっきまでこの子はあっちに立っていたのだ。
気がついたら、目の前にいた。まったく気付けなかった。
その驚きを余所に、そのちっちゃな忍はジュースに口を付けてから、姉妹に差し出す。
私に見せ付けてる。疑ってるのはわかってるみたいだ。

それはそうだ。
敵を倒したから味方なんて、そんなこと考えるわけがない。
でも

姉妹がジュースに手を伸ばしかけて、それから不安そうにこちらを見上げてきた。
思考停止している場合じゃない。
この2人はまだ、私を頼っているのだ。
まずはちっちゃな忍に問いかける。

「おまえ、何者だ」
「あずあず」
「……あ、ず?」
「あずあずだよ」
「名前ではなくおまえの…」
「あずあず」
「目的と所ぞ…」
「あずあず」
「………」
「あずあず」
「…………………あずあず」

よろしい、と満足げに頷くあずあず。
そのあずあずから漂うジュースの香りは、堀を飛び越えるときに漂ってきたのと同じものだった。

「さえ、さん……」

姉がまた声をかけてくる。妹を抱き寄せながらだ。
妹は、喋れないほど喉が渇いているのだろう。さっきからまったく声を聞かない。
ここで疑う余裕は私達にはない。毒を飲んでも死ぬけど、水を飲まなくても死ぬんだ。
だから、頷く。飲んでいいよと。

許可が出たので、姉がおそるおそる、あずあずからジュースを受け取っていた。
姉妹も礼を言っている。
さっきまで、殺し合いがあったのがうそみたいだ。
そういえば血の匂いもいつのまにかしなくなっている。
私は、あずあずが何かしたらいつでも攻撃できるようにじっと見ていたけれど、あずあずは何もしなかった。
それどころか、何かぶつぶつと口の中で何度か繰り返したあと、いきなりこちらを向いた。

「ところでさえぽん」
「さえ……ぽん?」
「さえぽん」
「冴だ。みょうな呼び方を」
「さえぽん」
「だからな」
「さえりーた。さえみょん。さえちょー。さえさえ」
「…………好きにしろ」
「さえぽんだね」

妹にジュースを飲ませている姉の肩が震えている。
驚くべきことに笑っていた。隠そうとしてるけどバレバレだった。
誘拐されて、忍に襲われ、銃で撃たれ、さっきまでこの世の終わりみたいな顔をしていたのに。
素人が、こんな状況で、笑えるくらいに神経が緩むなんてあるはずがない。
あるはずがないのに、笑ってた。
あずあずも、笑ってた。

…ああ。この子がいるなら、笑えるかもしれないなと。
何の根拠もなく、そう思ってしまった。
疑うのに理由は要るけど、信用するのに理由は要らない。
理由がいるなら、それは信用じゃない別のものだ。


「…で、なんだ」
「さえぽんは、どうするの?」
「2人を家まで届けないといけない。でも、警察じゃだめだ」
「ほうほう。なぜかね」
「……母親に会うところを見せてもらう。そういう約束なんだ」
「そのあとは?」
「……考えてない」

本当は考えているけど。
まあ、考えていると言っても、家の近くで力尽きたら迷惑だろうなとか、
新聞に載るような最期だと姉妹が困るかもしれないなとか、その程度だけど。
むしろ、そこまで私はもたないだろうから、あんまり気にすることでもないのだ。
じっと顔を見つめてくるあずあずは、私の言うことを信じているのか疑ってるのか、よくわからない無表情だった。

「家は遠いよ」
「…知ってるのか」
「もちろん」

もしかすると、この子は風見の救出部隊なのかな、と思った。
それなら、あずあずに姉妹を預けたほうがいいのかもしれない。
本来の目的からかけ離れてる気がするけど。私よりもあずあずの方が手練のようだし。
私は…もう血を流しすぎて、気を抜いたらそのまま死ぬし。
それに、風見なら、鬼を生かしておく必要はないはずだ。
鬼が死んで、2人が帰ってくるならそれで

「よくないよ、さえぽん。
 約束は破っちゃだめ」
「…………」

心を読まれたようなタイミングだったので、言葉を失ってしまった。
驚きは隠せないけど…。ああ、血が足りなくて、足が震えかけてるのに気付かれたのかもしれない。
それなら仕方ない。
何が仕方ないのか。
…だめだ。考えがまとまらない。
また、前にいるはずの3人が6人に見えてきた。眼を閉じたら、きっともう、起きられない。
約束は守りたいけど。
これで、遠い家に2人を送るまで生きていろというのは無理だ。

その言葉に、姉が不思議そうにこちらを見ているけど、気付かないでいて欲しい。
というよりも…いつの間にか、この2人にも随分と信用されてる気がした。
角も生えているし、赤く染まった瞳もそのままなのに。
人を難なく引き裂いていた血まみれの化け物なのに。

「だから、ボクが運んであげる」
「……え、何?」

また不意打ちだ。
というか、このあずあずは、何もかも唐突で困る。

「あずあず宅急便」
「説明になってない」
「びゅーん」
「……わかった、話を合わせよう。連れて行けるのか?」
「余裕」
「2人とも?」
「3人ともだよ」

手を、握られてた。
気づかなかった。
でも、それはあずあずが速すぎたからじゃない。
なんだ、手の感覚も、もうなくなってたのか。
冷たいはずの私の手を握ったあずあずは、もう私の返事は待たなかった。

2人の姉妹を呼んで、姉と手をつないでいる。
どうするつもりなのか、考えるよりも早く。


風が吹いた。




姉妹の声が聞こえる。
驚きの声
怯える声
でも
すぐに感嘆の声になった。


飛んでいる。
比喩じゃなくて、私たち3人とあずあずは飛んでいた。
風。
そして、眼下には森、向こうには街の明かり。空には月。

吹き付けるのは、激しい突風じゃなくて、優しい風だ。
空気は冷たくない。息をするのも困らない。
凄いなと思った。
これは、ただ風で飛ばすんじゃなくて、いろいろと凄いことをしてるはずだ。

なんだ、能力者だったのか、と驚いたのは月を見てからだから
私の鈍さも相当だったに違いない。

「飛ばすよ。手を離しても大丈夫」
「離すな、と言ってくれ」

ほら、妹が手を離してしまった。はしゃいでいる。
空を飛んでいる高揚か。ついに逃げ切れたという喜びか。
いつからだろう。
あずあずが現れたときから、この2人は変わってしまった気がする。
誘拐されて、泣き喚いて、走りながら殺されかけて、そんな子供が親に会ってないのに笑っている。

彼女が何かを運んできたのだろう。
…なら、いいかな、と私もついに武器を握るのをやめた。
あずあずは、当然のようにそんなこと気にしちゃいなかった。





「……泣いてるな」
「うん」

私の言葉に、あずあずが頷いた。
庭が広い、大邸宅だ。
さすがは大企業のえらい人だ。
その大邸宅を見下ろせる位置にある、大きな楠の木の枝の上にあずあずと二人で座っている。
視界の先では、母親と娘2人で抱き合い、玄関先で大泣きする姿。

「母親も泣いてる」
「うん」

別れ際、2人は私に礼を言った。
いらないと言ったのに。
誘拐したのは音無だから、彼女らはお礼を言う必要はないのに。
だから、早く行け、と追い立てておいた。
私がもうもたないことも、悟られる前に別れられた。
あずあずが、そっと肩を寄せて支えてくれて助かった。
もう、気分が悪くて、体が冷たくて、どこもかしこも痛くて立っているのも辛い。

「凄い声だ」
「うん」

駆けて家に辿り着き、呼び鈴を鳴らした2人の姉妹。
出てきた母親が、泣き崩れてた。
子供たちも泣いていた。
3人で抱き合って、泣いていた。
嬉しくて泣いてるんだろう。
私にもわかった。

「…泣き止まないな」
「うん」

そうか、母親とはそういうものなのかと。
私の知らなかったものはああいうものだったのかと。
うらやましいけど、安心した。
安心したら気が抜けた。

「会わせてやれてよかった」
「うん」

気がつけば、もう痛みがしない。
視界も少し暗くなってきた。いや、世界が傾いている。
いや、私が傾いているんだ。
姉妹を返して、化け物の鬼も倒れて、めでたしめでたし。
どうせ最期だから笑ったつもりだったけど、なぜか目元が熱かった。でも

「………これでいい」
「よくないよ」

最後に聞いた声が、ちょっと怒ってるように聞こえたのが印象的だった。







セーラー服の少女が、郵便受けを覗いている。今年で高校1年生、いい年頃だ。
時間も時間だから学校帰りだろう。
彼女は郵便受けに何も入ってないのを確認してから、気落ちしたように家に入っていく。

といっても、庭を抜けるのにも少し時間のかかる大邸宅だ。
どうやら、以前から建て増しをしたようでさらに広くなっていた。
あれ以来、ボディガードがうろうろしてるのも、ちょっとした変化だ。

音無が滅んで以降、あの2人に手を出すやつはいなかったけど、手を出しようもないのが本当のところだろう。
少女が家に入りかけたところで、扉を開いて妹が出てきた。
こちらも随分大きくなった。胸なんか、2歳年上の姉を抜いているのではないだろうか。
これは、姉の発育のほうが悪いとも言えるのだが。


「さえぽん」

声がする。
視線をそちらに向けると、自分と同じ学生服のちっちゃいのが立っていた。
眼が前髪で隠れていて、いまいち何を見てるのかがよくわからない。
場所はあの大楠の枝の上。なのに、声をかけられるまで、そこにきたのには気づかなかった。

「さーえーぽーん」

さらに呼んでくる。あれ以来、毎日のように聞くことになった声だ。
未だに飽きない声。つい、頬がほころんでしまう。

「なんだ、あずあず」
「なんだ、じゃないよ」

声をかけたら、どことなく不満そうな声で返された。
ぽそぽそ喋るけれど、なんとなく考えてることはわかる。
だから、仕方なく

「…ちちちちち」

クッキーを差し出して舌を鳴らしてみた。
あずあずが、動物みたいにふんふんと鼻を鳴らす。
それどころか、そのまま四つん這いで木の枝を猫みたいに近寄ってきた。

クッキーに手を伸ばしてきたので、えい、と捕まえたら、いつの間にか木切れになっている。
そしてこちらの頬をつんと指がつついてきた。
振り返ったら、そっちにあずあず。にんまりと笑う笑顔が小憎らしい。
いつの間にか奪っていたクッキーをさくさく齧っているのがなお憎らしい。

「まったく、お前は…」

ため息をついて、手招きした。
おとなしくあずあずが膝に座ったので、頭をぐりぐりしておいた。

「におおおぉぉぉ………!」

今度は本物のようだ。
じたばたしているのを、思う存分ぐりぐりしておく。
それなりにいじめて、ひと段落。
そこで、あずあずがぽつりと口を開いた。


「…手紙、待ってるね」
「そうだな」

あずあずの唐突な言葉にも、驚かない。
さも当然と返す。
きっと、今日はそのためにここに来たんだろう。

「ずっと待ってるね」
「かれこれ2週間くらい、ずっとだな」
「…ずっと見てた?」
「ああ、ずっと見てた」
「それって」
「ああ。まさかあの2人から手紙が来るとは思わなかったからな」

本当に、びっくりしたのだ。
彼女たちが、私が生きてると知ってたことにも。
私の元に手紙を届けることができたことにも。

「お返事、待ってるね」
「そうだな」

その日から、ここに来て2人の様子を見るようになってしまった。

「2週間」
「半月前だ」

あずあずの口数が少なくなる。不満そうだな、と思いはするが頭を撫でるだけにしておく。

「さえぽん」
「ちなみにな。内容はあのときの礼とか、傷が大丈夫かとか、いろんなことが書いてあった。
 恨み言は一節もなかったな」
「さーえーぽーん!」
「……参考までに、匿名希望の人物から「さえぽんの居所」という垂れ込みがあり、私の住所を知ったそうだ。」
「はうっ」

両手でがっちりとあずあずをホールド。あずあずがじたばたする。
鬼の力を舐めてはいけない。銀髪じゃないあずあずなら、そう簡単には逃がさない。

「おせっかいめ」
「むぐぐぐ…。でも、それならお返事書けばいいのに」

玄関先でまだ会話を続ける姉妹を見る。
2人して、未練がましく郵便受けを見ていた。次の集配まで待つつもりなのだろうか。


あのときは死ぬと思い、死のうと思って意識を手放したのに、気がつけば病室だった。
しかも、誘拐の被害者となる風見財閥傘下の病院だというのだから恐れ入る。
冗談抜きで最高レベルの医療を受けたのは間違いない。
眼を覚ますかどうかは分の悪い賭けであったそうだ。

その私を病院まで運んだのは小さな忍。
どうやら、この小さな体で私への輸血も申し出たとか。
育てば仇をなすかもしれない化け物を、そうまでして助けようとしたこの忍も忍なら、
言われるままに助けてしまう風見財閥もどうかしてる。

一命を取り留めた後は、それはまあいろいろとあったようなのだけど…
少なくとも、私は保護観察つきと、風見のために力を使うことと引き換えに自由を許された。
完全に無罪放免としなかったのは、むしろ気遣いなのだろう。
私としては、死んでも当然だと思っていたくらいなのだから、お咎め無しでは逆に苦しい。

ただ、だからとあの2人には会うべきではないと思っていたし、
あずあずから元気にやってるようだと聞いてそれで満足していた。
まさか、向こうからコンタクトを取ってくるなんて思いもしなかったが。


「あずあずは相変わらず私の立場を理解していない」
「さえぽんはいつもそれ」
「こちらの台詞だ、あずあず。私は最悪の鬼忍の生き残り、保護観察の身分だぞ」
「うー…」

あずあずは、私が自罰的なことを言うのがどうもお気に召さないようだ。
もちろん、保護観察なんか、あずあずやあのお姫様の計らいで有名無実化してるのは間違いない。
私から観察しろと尻を叩いてやらないと、担当者が腰を上げない始末である。
まあ、その担当者が一番の被害者だろう。同情はする。するが仕事もしてもらわないと困る。


「こんな私が手紙なんか書いてみろ」

音が聞こえた。郵便配達員の、独特の原動機の音。
配達員は、玄関先の姉妹を見つけると、郵便受けに手紙を入れずに手渡した。


「―――――――!」

2人の歓声がここまで届いてきた。


「中身の検閲でざっと2週間は、足止めを食うに決まってるだろう」
「…………」
「2週間か。早く着いたほうだ」

なんか、複雑な目でジト見されたのでよしよししておく。
それも不服だったのか、頬を引っ張られた。ちょっと痛い。

その視界の先で、あわただしく姉妹が家の中へと駆け込んでいく。
ろくな内容はしたためてないから、あそこまで喜ばれると少し面映いのだが。

「あずあず。私は何か、駄目なことをしたか?」
「……よくできました」
「だろう?」

笑みを浮かべる。
音無の屋敷では、ついに浮かべたことのなかった表情。
感じたことのなかった感情だ。当然だ、影にはそんなものは必要なかったのだから。


「さて、あずあず。いいことがあったので餡蜜でも奢りたいが、生憎仕事をひとつ頼まれている」

皆まで言う前に、あずあずが手を握ってきていた。
暖かい、あの時感じたままの掌の温かさだ。
でも、その顔には餡蜜、と書いてある。髪の奥に隠れた眼が輝いてた。

「30分で済ませようか」
「5分で十分」


こいつ、本気だ。
とはいえ、こういう気分も悪くない。
小さいころ、そういうものがあると知ってはいても感じたことのなかったもの。
幼い2人に見せてくれとついせがんでしまったもの。
形は少し違うかもしれないけれど…


今、それに負けない想いがここにひとつある。
なら、私はそれで十分に幸せである。

「あーんーみーつー!」

その幸せが、餡蜜で買えるというのも、なかなか面白いことだと思うが。
それはさておき、仕事となればここまで緩んではいられない。
さあ、2人で出かけるとしようか。
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